佐賀県が目指す、コロナ時代の新しい流通デザインのかたち
2020年8月。新型コロナウイルスの感染症拡大により、飲食店やホテル・旅館などの県産品の仕入れ量が軒並み激減。膨大な在庫が余り、メーカーや生産者達が頭を抱える事態が発生した。そこで魅力ある県産品の数々を全国に広めるため、佐賀県主導のもと、東急エージェンシーと共に佐賀県初のEC企画サイト「佐賀1万円ショップ」を立ち上げた。その中心人物となる2人に、行政と民間、それぞれ立場の異なる2人が本プロジェクトに挑んだ背景や、画期的な取組を通して見えてきた可能性、そして佐賀県の未来について話を聞いた。
楢崎 政彦
さが県産品流通デザイン公社
加工食品販売支援グループ
副グループ長
1981年、福岡県生まれ。立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部を卒業後、福岡のレコード会社や東京のIT企業を経て佐賀県庁に入庁。政策部広報広聴課などを経て、現在は、さが県産品流通デザイン公社に所属。「佐賀牛」や「佐賀海苔」、「いちごさん」を始め、様々な県産品のオンラインでの販路拡大を担当している。
新井 純
東急エージェンシー
デジタルメディアビジネス局
ソーシャル&PR部 統合プランナー
1987年、茨城県生まれ。京都大学経済学部を卒業後、デジタルエージェンシーを経て、東急エージェンシーに入社。「ロマンシング佐賀」プロジェクトを皮切りに、「ストリートファイター佐賀」「佐賀県×ロバート秋山のクリエイターズ・ファイル」などのPR・プロモーションを担当。佐賀県が第二の故郷と自負している。2021年URAWAZA株式会社を創業。
PROFILE
※掲載されている情報は取材当時のものとなります。
福岡出身と茨城出身。
出自の違う二人と佐賀県の出会い。
新井
楢崎さんのご出身は福岡県でしたよね?
楢崎
はい、生まれも育ちも福岡で。大分の大学を出て、地元の福岡や東京で働いていました。すごく充実していたのですが「培ったビジネススキルを生まれ育った九州で活かしたい」という想いがあり、縁あって佐賀県庁に入りました。
新井
佐賀県は、UJIターン(Uターン、Jターン、Iターンの総称。大都市圏から地方に移住すること)採用にすごく力を入れていますよね。
楢崎
そうそう。だから民間企業出身の方も多く、個性的で面白い人ばかり。長年勤めてますが今でも毎日が楽しいです。
新井
入庁されてけっこう経つんじゃないですか。
楢崎
7年とかかな。今在籍している「さが県産品流通デザイン公社」に異動になったのが昨年の4月。私達が出会ってかれこれ6年くらい?新井さんは、佐賀県庁のプロジェクトを色々とやられていますよね。
新井
その位経ちますね。ありがたいことに前職時代から佐賀県庁さんのお仕事に幅広く関わらせていただいていて。
楢崎
だいぶ佐賀にも詳しくなったのでは?
新井
そうですね!今では完全に佐賀っ子です。地縁のない所にこんなに愛着を感じられるなんて、すごく幸せなことだと思いますね。
価値のある物を、確かな価格で。
佐賀県初のEC企画サイト
「佐賀1万円ショップ」誕生。
新井
昨年の6月頃ですかね、楢崎さんからお仕事のご相談をいただいたのは。
楢崎
ええ。コロナの影響で売り先に困っているメーカーや生産者の方々を支援するための予算を県が確保して。それで早急に県産品を販売する企画サイトのアイデアを考えることになり、既に佐賀県のことをよく知っていて多くの実績のある東急エージェンシーさんと一緒に企画を考えてみようと。
新井
当時は既に、コロナ禍に苦しむ飲食店や生産者を応援するための施策が全国中に溢れていました。在庫が余っているから、定価より安く買えるという手法が多かった印象です。
楢崎
値下げというのは短期で見れば良いかもしれないけど、長期的に見ればそれは足かせでしかない。良いものは良いものとして売らないと。5,000円のものを3,000円で買った後、また定価の5,000円で同じ物を買うのは損した気分になってしまうかなと。
新井
そういった楢崎さんの助言のおかげで、私達も徐々に道筋が見えてきました。本来は料亭やホテルに卸すはずだったプレミアムな県産品が手に入る状況だったこともあり、100円ショップならぬ「佐賀1万円ショップ」を思いついたんです。
楢崎
最初に「佐賀1万円ショップ」と聞いた時、ダイレクトでとても良いなぁと思いました。きちんと売りに繋がるネーミングですよね。
新井
今改めて思うのが、佐賀県庁さんに「佐賀県初のEC企画サイトを作るべき」と先導いただいたのが大きかったです。また、商品を1万円のものだけに絞るという尖った企画にも関わらず、躊躇なく選ぶその決断力にも驚きました。
楢崎
確かに大胆な実行力みたいなものは、佐賀県の強みだと思います。でも、そこからが大変でしたね。
新井
ええ、かなり大変でした(笑)。
準備期間、わずか1ヶ月半。
珠玉の食材を斬新に組み合わせる。
新井
商品選びはただ良い食材を選ぶだけというよりは、組み合わせや見せ方にこだわりましたよね。
楢崎
はい。「佐賀牛」のローストビーフと「唐津・玄界灘産の天然塩ウニ」。これら希少な食材同士を組み合わせて「佐賀の極上うにくセット」を打ち出して。
新井
農家さんと漁師さんの食材を組み合わせる、いわば食材のマッチング的な。「佐賀のお茶漬けセット【極】」は、10年連続特A評価米の「さがびより」に17年連続日本一の佐賀有明海産の極上海苔「香味干し」、玄界灘産の天然あじと鯛、香り高い「嬉野茶」と豪華尽くしで。
楢崎
それにコロナ太りで悩んでいる方をターゲット開発した、タニタさん監修の「佐賀牛」の希少部位の塊1㎏を使ったヘルシーなローストビーフセットも人気でした。
新井
こうやって全ての希少な食材が、全部手に入る佐賀県って素晴らしいなと思いました。
楢崎
そう言っていただき嬉しいです。でもその一方で、全国の誰でも同じ価格で購入できるように「税込み」「送料込み」で1万円に設定するのが難しかったですね。消費税と送料が単純に乗る分、商品の価格が絞られるし、地域によっても送料が違う。かと言って、誰が買っても1万円ぽっきりでなければ意味がありませんし。
新井
温度帯も常温・冷蔵・冷凍があって、一つのセットでもこの三つの温度帯に分かれているものは発送が別々になるので、送料だけで3,000〜4,000円はかかってしまいますもんね。
楢崎
あと準備期間も1ヶ月半と非常にタイト。私達も当然大変でしたが、様々な商品をご準備いただくメーカーや生産者の方々が間に合わせようとすごく努力してくださって。
新井
行政、生産者の方々、全員が一丸になれたからこそ、実現したプロジェクトですよ。この短期間でスピーディーにプロジェクトが実行できたのは、佐賀県庁さんならではだと思います。
楢崎
県として風通しが良い文化があるおかげですね。結果的にローンチ時には16商品もラインナップを揃えることができました。
オンラインとオフラインをフル活用。
考え抜いた販売戦略で成果を上げる。
新井
これだけ結果が残せたのは、佐賀県出身のインフルエンサーの方の力も大きいですよね。
楢崎
そうですね。県内在住で登録者数150万人のユーチューバーの「釣りよかでしょう。」さんに紹介いただいたクエやウニは、動画を公開してから2,3時間で売り切れましたし。動画で商品の魅力をプレゼン感覚で紹介すると、1万円(それ以上)の価値が伝わりやすいですね。
新井
はい。改めてインフルエンサーの影響力はすごいなと思いました。フォロワー240万人のインスタグラマー「D」さんがデザインを手掛けた、九州を代表するアイス「ブラックモンブラン」のコラボバケットハットも大人気で。僕の友人も被ってます。
楢崎
オンラインの施策だけでなく、東京の富裕層世帯をターゲティングして折り込みチラシを配布しましたよね。非常に面白い戦略だと思いました。
新井
今の時代ってついついデジタル施策に行きがちなんですけど、オフラインのコミュニケーションも戦略的に使えば有効な手段ですよね。
楢崎
私自身もすごく勉強になりました。徐々に商品ラインナップも増やし、おかげさまで最終的には数量限定の全28商品のうち、15商品が完売。
新井
売り上げ点数も500点(※2020年12月現在)を突破して、成果も上々ですね。
次第に見えてきた、
流通デザインの可能性。
新井
今回の「佐賀1万円ショップ」を通して、流通デザインの可能性をすごく感じました。メーカーや生産者の方々が作った商品を我々が組み合わせたり、見せ方を上手に変えて価値を作れば、より効果的に売ることができると分かりました。魅力的な県産品が溢れているので、もっと上手に見せれば佐賀県の魅力がもっと分かりやすく伝えられるかなと。
楢崎
これを機に、他の県産品に関しても見せ方を模索していきたいですね。佐賀県には、たくさんの世界に誇れる資源があり、それを発信するためにやれることがまだまだ沢山あります。こういった斬新なアイデアが次々と実現できるのは、行政である我々と、東急エージェンシーさんのような民間の企業が良いシナジーを生んでいるからだと思います。
新井
本当にそうですね。しかも私達だけでなく、このプロジェクトを通して生産者の方々とのコミュニケーションが生まれたと思います。今後、さが県産品流通デザイン公社さんと生産者の方々が、より密な関係になっていくのではないでしょうか。
楢崎
我々と生産者の方々が一緒に企画して、新しいチャレンジができる。「佐賀1万円ショップ」という一つの取組が、コミュニティデザインとしても機能している。このプロジェクトを通して、佐賀県の可能性が一気に広がったと感じています。
佐賀県の目指す姿は、代々木?
二人が見据える今後の展望。
新井
佐賀県って観光客のリピート率が非常に高く、知られざる魅力で溢れているんですよね。体験型の側面が大きいというか。
楢崎
ディグり甲斐(堀り甲斐)がある土地ですよね。ネットで調べても出てこない情報も多いし。離れていると魅力は伝わりづらいですが、実際に佐賀に来て何度もお仕事をご一緒した著名なライターの方のご紹介で、海外移住の予定だった著名なライター仲間の方がこの地に移住されたりするなど、佐賀を体験した人はどんどん魅了されていく。
新井
それも様々な県産品に恵まれ、コンパクトで自由な土地柄だから為せることですよね。これからの佐賀県は、もっと多くの人達に愛されると思います。
楢崎
でも誤解を恐れずに言うと、分かる人に分かる佐賀県であってほしい。個性を削いでまで万人に迎合する必要はなく。これは前述したライターの方が仰っていたのですが、「佐賀県は代々木」説というのがあって。
新井
代々木?(笑)
楢崎
はい。と言うのも、東京・代々木は原宿と新宿の間に位置する街。個性があって素敵な大人の街ですよね。佐賀県はそんな代々木のような存在を参照すべきなんじゃないかと。
新井
なるほど!代々木の立ち位置を九州に置き換えると、佐賀県は福岡と長崎に挟まれているってことですね?
楢崎
そうなんです。佐賀県は、その両方ともベクトルの異なるディープな県を目指すべきです。
新井
そのディープさ、ものすごく分かります。僕も以前、佐賀県を案内してもらった時に、一気にその魅力にハマりました。これから佐賀県の魅力をもっと広げるために、プランナーとしてこの地の持ち味を惜しみなく伝えられる施策を考えていきたいです。
楢崎
そう仰っていただきとても心強いです。私も県庁職員として佐賀のディープな良さを活かしつつ、独自のポジションを確立させていくことで、この土地の未来はさらに明るくなると信じています。そのためにも、新井さん、東急エージェンシーさんを始め、外部の視点もどんどん取り入れながら新しいことに果敢に挑戦してきたい、そう思います。